【その1】ハウス栽培の普及と発達
静岡県の久能、清水地区では戦前から石垣イチゴ栽培が考案され、現在に至るまで続いていますが、更にガラス板を被せ、それがビニールに代わって行って現在のハウスとなって普及しました。

昭和が終わる頃、今から10〜15年程前からは遂に露地栽培が姿を消して、日本は「ハウス栽培天国」となってしまいま した。ハウスで栽培する事は単に保温するだけでなく、雨の多い日本の天候を克服して、季節を人為的に変化させる事 となり、「4月、5月の初夏の果物」から冬から夏までの長期に亘る果物へと成長させて来たのでした。

イチゴをハウスで作ると糖度は上がりますが酸度は押えられるので、総体的に「甘いイチゴ」が出来るのです。それは 生食用に向き、加工用には不向きとなります。加工用原料としては酸味が不可欠ですから日本のイチゴは加工には使用されず、加工用には輸入イチゴが使われています。

【その2】株冷技術に依る促成栽培の発達
ハウスが出現すると植え付けの時期を変えて栽培の期間を拡張しようと考えるのは当然ですが、その上更に株を冷蔵庫 で眠らせて定植の時期に合わせて出庫して株の目を覚まさせる技術が誕生しました。1日中電気を付けて夜を無くして 花を咲かせる電照菊と同じ発想です。
昔から定植の時期を多少ずらす為に「苗の山上げ」と云って高冷地で育苗し、山から下ろして植える方法が使われてい ますが、それを更に徹底的にコントロールするのが株冷なのです。

これに依り4月、5月のイチゴが3月、2月、1月、12月と栽培期間が早く、更に長くなって行きました。今年では「超 々促成」と称して、少量ながら10月中旬から大手産地から出荷が始まっています。この技術はこの後の「夏イチゴの話 」で詳しく取り上げる事に致しますが、イチゴが周年商材、即ち1年中市場に有る時代の到来(輸入イチゴは別として) へと続いて行く事になるのです。

【その3】バイオテクノロジーに依る革命
バイオテクノロジーの技術改新の波はイチゴ産業にも及んで来ました。その最大の賜物は:
・ 品種改良が非常に短時間で出来る様になった事
・ 新株の生産が容易になって苗の大量供給が可能となった事
品種転換がドラスチックな形で行われた最近の良い例が「とち乙女種」の急速普及です。バイオの進歩はどこまで行く か判らない程、色々な分野で様々な改良を生んでいます。畑で生産される農産物で最も大敵なのが病害虫による被害で す。バイオに依って病害虫に負けない品種が研究されており、世上で喧しい農薬に依存しない強い苗が作られようとし ています。これは世界共通の技術革新です。
イチゴ産業は生産者、技術者と取扱う業者が三位一体となって成長拡大に寄与して参りました。そして今日、日本の果 実の生産金額ではみかんを抜いてランキング第1位にまで拡大して来たのです。(1997年以来NO.1の座にあります)

【結びに】
日本のイチゴはこの様な歴史の中で大きく成長して参りましたが近年新たな障害が出て来ました。それは生産者の高齢 化と輸入イチゴの問題です。現在日本のイチゴ生産従事者の平均年齢はなんと65歳です。因みに隣国の韓国は46歳。 この「高齢化問題」と「輸入イチゴ」のお話は逐次ホームページで解説して行く予定です。お時間のある時にアクセス してみて下さい。

イチゴについてのご質問はもちろんの事、その他の取扱い品目についてのお問合せ、記事のご意見などお待ちしており ます。

株式会社ジャパンフレーズ
代表取締役社長 石川正久
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